グランドツアーへようこそ 2

オスカー

 休日出勤と言ったって、女王候補のエスコートなら質問デートの延長のようなものだ。気安く請合っていたオスカーの眉が、ぴくりと上がった。
「……俺一人では、役者不足でしょうか」
「あら、そんなこと」
と、女王陛下がお笑いあそばさる。
「心から頼りにしていますわ」
 ロザリアが澄ました顔をして言った。
「オスカーが女王候補に手を出すんじゃないかなんて心配したりしないわ」
 女王が続けて言い、少女たちは笑いさざめく。
「そっちですか……」
 オスカーはがっくりとうなだれた。
 しかしそれならば仕方がないと、まあ能力を疑われるよりは幾分諦めもつこうというものだ。
「了解しました。粛々と任務に当たります」
 優雅に一礼して謁見の間を辞去すると、
「そんなに詰まらなそうな顔をするものではなくてよ」
 すぐ後から部屋を出た補佐官の声が背を打った。
「ロザリア〜〜」
 オスカーは恨みがましい目で振り返った。まあ、とロザリアが口元に手を当てる。
「私、あんまり急でみなさまご迷惑ではないかしらと言ったのよ」
「でも止めなかったんだよな」
 感想をコメントしただけなんじゃないか、と彼は事実を峻別する。
「あらだって、女王陛下の命令は絶対ですもの」
 ロザリアはにっこりと笑った。
「どなたとデートでしたの」
 オスカーは、下から覗き込んでくる紺青の瞳から目を逸らした。
「別にそれはいいさ」
「それじゃあ、相棒がお気に召さないのかしら。ミス・コレットはオスカーは仲良くなりたがっているようだと言っていたのに」
 そのオスカーは、というのが曲者だ。
「あのお譲ちゃんはともかく」
 オスカーはきっとして振り返った。
「君には分かって欲しいところだったんだがな。大人には社交辞令ってものがあるんだ」
 ロザリアは勝ち気に目を尖らせた。
「それくらい知っていましてよ。オスカーが殿方に使うとは思わなかっただけだわ」
「ちょっと待て!どうやら大きな誤解があるようだな?俺が女性を褒めるのはすべて本心からだぜ」
「よくおっしゃいますこと!」
 声を上げるロザリアにオスカーは深々とため息を吐いてみせる。
「我が麗しの補佐官殿にはどうして俺の真意が伝わらないんだろうな。君は朝露に濡れた薔薇のように美しい。そのたとえようもない香気が俺を」
 ロザリアはコホンとひとつ咳払いした。
「ともかく、トラブルなしでお願いできますわよね」
「ああ、分かってる」
 オスカーは真顔に戻って頷いた。立ち止まって扉を引き、脇によけた。
「ありがとうございます」
 ロザリアが補佐官室に入るのを見送ってドアを閉め、自分の執務室へと突き当りの階段を登った。
 社交辞令もあったもんじゃない自分への評を知ったら、腹が立って歩み寄る気も失せたのに、気がつけば目が追っているのが悔しい。
 だいたい、友人を選ぶなら規範意識はタイトでない方がいい。思考が柔軟で世界が広いやつ。口が立って軽妙なやりとりをできるならなおいい。時々は俺をやりこめるくらい気が強いほうが楽しい。そうたとえば、オリヴィエやセイランのような。
 どう考えたってあいつはノリが合わない。
 しかし相手が王立派遣軍の勇士とならば、軍事を司る炎の守護聖としても、かつてその進路を目指した男としても、気になるのは仕方あるまい、とそこまで考えてオスカーは足を止める。
 仕方がない?
 いやいや、なんでだ。歯牙にもかけずにやりすごせばいいことじゃないか。
 あっという間だ、きっと。
 この旅も、女王試験も。


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