グランドツアーへようこそ 1

アンジェリーク

 うららかな昼下がり。大きく窓を取ったティールーム。
 甘い香りが立ち込める中で、アンジェリークはカップにかけた指までもが強張っているのに気付く。その指の先、短く切り揃えた爪を凝視しているうちに、
「たまにはゆっくりくつろいでね」
と、ロザリアが言う声が耳によみがえって来た。
 そうだわ、こんなにがちがちに緊張してちゃだめよ、アンジェ。
 だけどどこにいてものびのび振舞うライバルは、自分とは対照的なまでに言葉通りくつろいでいて、何を言い出すか気が気ではない。彼女に緊張を煽られている、と考えることは少し悔しい。
「聖地にも大分なれたようでよかったわ。これからも大変でしょうけど頑張って」
 ひととおりの近況を質し終えたロザリアが、目を細めて微笑む。あんまり美人だから緊張するんだわ、と言い訳がつくとアンジェリークはすこし落ち着いた。
「何か分からないことがあったら遠慮なく聞いてね」
「はいはーい!」
「どうぞ、レイチェル」
 ティーカップを優雅に取り上げながら、ロザリアはうながす。
「前回の女王試験ってどうだったんですか?守護聖様も教官も、何かと言うとエリューシオンとフェリシアの話しをされるんですけど、ハンパに気になるってゆーか、あれじゃ参考にしようがありません」
「あら……そうなの」
 ロザリアは眉を寄せた。でも、気になるのは確かだわ、とアンジェリークは心ひそかに同意した。
「大陸を育成したとか、それが今でも発展し続けてるとか、だから試験のための育成になっちゃいけないって言うのは、ワタシちゃんと理解してます。でもそれをどうやって実行するかが問題だってゆーのに!」
 元気よくぶちまけるレイチェルに、ロザリアがうなずく。
「そうね、あなたの気持ちも分かるわ。育成は相手の要求に応じるだけが全てではないものね」
「でしょー!ね、ロザリア様、ワタシ達、見せてもらうわけには行きませんか。そのエリューシオンとフェリシアを」
「まあ……」
「レイチェルー」
 呆れられちゃうわよ、とアンジェリークはレイチェルの袖を引いた。
「ナニ?」
 天才少女はきょとんとしている。
「あなたの熱心さは素晴らしいと思うけれど、それはちょっとどうかしら」
「そう? いいじゃないの」
 天から声が降った。
 違う。
「面白いと思うわ。私も今あそこがどうなっているか気になるし」
 最も高貴な天上人が、いつのまにか部屋の中にましましていた。ロザリアはそちらをきっと振り返って、
「陛下、ノックくらいなさってください」
「したわよ。お話に夢中で気付かなかったのね。ずるいわ、私を仲間はずれにするなんて」
「陛下」
 ロザリアは頭痛に耐えるようなポーズで、ひとつひとつ言葉を切った。
「私は、補佐官として、女王候補たちと」
 その先は女王陛下が奪い取った。
「お茶会してたのよね」
 そう表現しても、嘘ではない。
「陛下の分はございませんよ」
 ロザリアはツンとしたまま空いた椅子を引いた。
「いいわよ。ロザリアと間接キスでも平気だもの」
 そして女王は本当に補佐官のカップから一口飲む。
「育成をとめるわけには行かないから、土の曜日の視察が終わってからになるけどいいかしら。日曜日の夕方までには帰って来られるようにしましょう」
「今週のですか?」
と、アンジェリークは尋ねた。
「そう。疑問は早めに解消してしまいましょう。本当に参考になるかは分からないけど」
「そういうことならワタシ、約束あったけど断ってきますから大丈夫です。アンジェもイイよね!」
「え……ええ」
 心の中のぐらぐらする天秤を感じながら、アンジェリークはうなずいた。
「ね、ロザリア。お願い」
 ロザリアは女王を横目にして、咳払いした。
「分かりました――文明レベルと対外交流の問題で、あそこはまだ研究院がないから転送できないの。近くの星に行って、そこから派遣軍の宇宙船で送って頂きましょう。あちらには急で申し訳ないけれど」
 最後にちくりと刺したのを、陛下は気に留めるでもないご様子で、
「軍のお世話になるのなら、エスコートはオスカーとヴィクトールよね。あのふたりにもデートの予定を入れないように言っておかなくっちゃ」
「オスカーはまず手遅れだと思いますけど。相手の女性がお気の毒ですこと」
 アンジェリークは目が回るような気分だった。ものすごい勢いで話が進んでいく。
「すっごく楽しみです!ありがとうございます、女王陛下、ロザリア様」
 隣ではレイチェルが満面の笑みを浮かべている。
 ……かくて大陸旅行は決定された。


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