我は我が素を行う 3

「なんだ、あんたが来たのかよ」
 私室の扉を開けながら、鋼の守護聖は思い切り顔をしかめた。
「文句はレイチェルに言え」
 アリオスはむすっとしたまま答える。その先の指令はなかった。
 いいから行って、ワタシは野生児捕獲に忙しーの!レーダー反応あったよ今どこ――と、途中から通信機の向こうとのやりとりにかかりきりで会話が成立しなくなったレイチェルを置いて、アリオスはここへ来た。何も知らされていない餓鬼の使いだと、ばれずにすむならそれに越したことはない。
「用意できてるぜ、こっちだ」
 ゼフェルは顎をしゃくるようにして、部屋の奥を示した。
 アリオスは用心深くあたりに目を配りながら、室内に足を進めた。普段から無愛想で態度の悪い少年の外見からは、そこに深刻な敵意があるのかどうか、判別するのが難しい。
「おやすみの日なのにアリオスがお仕事に来るなんて意外だなあ」
 見渡すと、溢れかえる機械や材料工具を避けるように出窓に腰掛けて、マルセルがいた。声を上げてからにっこりしてみせる。  
「俺は不定休」
 アリオスは唇の端を上げながら、ついこの間も誰かとこんな話しをしたなと思い出す。もっとも今日は本来なら確かに休日であって、レイチェルに押し切られた形だ。こき使うのにも遠慮がないが、馴れるのにも遠慮ないレイチェルに、いつかお前は俺を知らないからそんな態度が取れるんだろうとこぼしたら、レイチェルは目を見張った。
「どうして知らないなんて思えるの。ワタシとアンジェは何でも話すんだよ」
「……アンジェリークがすべてを知ってるわけじゃない」
 すべてを話したわけではない。それでいて自分自身は過去の全貌を把握しているつもりのは、不可解な事態ではあった。あるいはそのように誤った思い込みをしているだけなのかもしれないが。
「そりゃそうだろうけど」
 負けず嫌いの強いレイチェルは何でもない話を逆説で終わらせた。
 用意が出来ているといった割には探し物をする風体で、ゼフェルは部屋の奥へ行ってしまった。
「休日が決まってないなんて僕はいやだな」
 マルセルが言った。
「そう悪いもんでもないぜ」
 アリオスはゼフェルの様子を伺えるよう、足場を探しながら部屋の中へと進んだ。乱立した棚の前は、物を出し入れする際に使うからだろうか、いくらか散乱を免れているように見える。
「みんなが働いてるときに休めるってのも悪くない」
 いいとこ探しだなんて何だかアリオスじゃないみたい、とマルセルがごちる。
 アリオスは「そうなのかもしれないぜ」と以前のようにからかいそうになったのを、すんでのところで飲んだ。
 皆が自分をアリオスとして扱う。こうなると生まれたときからアリオスだったような気がしてくるから不思議だ。しかしアリオスなどという男は、ひとつの手段であり、仮面でしかなかった。
「よし、これで全部だ。もってっていーぜ」
 ダンボールを作業台に持ち上げたところでゼフェルが言った。
「――ッ」
 アリオスは頭のてっぺんから冷たいものをかぶって動きを止めた。緑色のどろりとした液体が皮膚にまとわりついてくる。
「げっ、なにしてんだよてめー」
「僕見てたよ! アリオスは何にも触ってないのに急に落ちてきたんだ」
 マルセルが声を上げた。
「え……」
「だからいつも整理整頓しようって言ってるのにゼフェルったら毎か」
「あーあーわかった、俺が悪ぃよ!」
 ゼフェルは音を立てて引き出しを開け、タオルを投げ渡した。
「とりあえず拭いとけよ。目や口に入ったか?」
「いや」
「んじゃざーっとシャワーで流して、服は――そういやこないだおもしれーモンつくったんだよな」
 最初仏頂面だったゼフェルは、今やにまあと嫌な感じの笑みを浮かべていた。
「洗っとくから服は置いてけ。5分でカタがつくぜ」
「50分の間違いじゃないのか」
 それでも御の字というスピードではあるが。
 アリオスは言われたとおり服を脱ぎながら聞き返した。ゼフェルは鼻歌まじりに機器の調節中で答えない。アリオスはその手元に目をやった。
「おい、製作者がそんな分厚いマニュアルみなきゃならない機械って大丈夫なのかよ!」
 マニュアル作りは単にゼフェルの趣味だけど、とマルセルが悟ったような表情で言った。ゼフェルが期待に満ちた目で手を突き出す。
「どうせそのままじゃ帰れねーだろうが」
 確かにそうだ。今は一刻も早く開放されたい。オフの予定だから約束を入れていた。フラットに着替えに変える時間も惜しい。
 訪問者を実験台にするためにわざとあぶなっかしい部屋にするんじゃないだろうな、と疑いながら、アリアスはしぶしぶ手を放した。
 そしてシャツもジャケットも、不思議なことにすっかり綺麗になって、きちんと乾いて、彼の手に戻ってきた。
 やはりこの宇宙に常識は通用しない。


 アリオスは聖殿に駆け戻り、補佐官室のドアを叩いた。
「おい、いないのか! レイチェル!」
 扉の向こうから応えはない。
「くそ、人に物頼んどいてそれはねぇだろ」
 中を伺うよう張り付いていた扉から身を離しながら、これだけ騒いでも反応がないということは、近くのドアを叩いても無駄だろうとと考える。ヴィクトールやメルならば、聞こえていれば何が起きたの一言とともに出てきて、分かる限りのことを教えてくれる。あのお人好しどもは。ということは多分、留守だ。
 それでもアリオスは一応、順にノックしていった。惰性で3つめのドアを叩くと部屋の主が姿を現した。
「……レイチェルを探してんだが」
「彼女に何か?」
 お前は彼女の何だと問いただしたくなるような口ぶりだ。
「今朝方神鳥に荷物を取りに行くよう頼まれたんだが、戻ってきたら雲隠れしてやがる」
「携帯端末で連絡を取ればよろしいのでは?」
「フラットだ。任務中でもないのに持ちたかねえよ」
「その認識は承認しがたいものがありますが」
 エルンストは苦笑ひとつせずデスクの電話を取った。咳払いをひとつして喉を整えた。
「レイチェル?」
 すました声で呼びかけながら、窓の外でも眺めるような素振りで顔を背けた。
「アリオスが貴女を探して来ているのですが、どういたしま」
『ちょっと、何でワタシを探してあなたのトコに行くのよもー!』
 エルンストは縄張りというよりプライバシーの意識が強い。会話を直接聞かれないようさりげなく距離をとったつもりだっただろうに、甲高い叫びは筒抜けになった。といってアリオスにただ同情するつもりもない。好機とばかりに素早く受話器を奪い取った。
「狙って来てねぇ!虱潰しにしてんだよ。ちょっとはこっちの苦労に気付きやがれ」
『あっ、ごっめーん。部屋の中にでも適当に置いてくだろうと思ってたんだけど』
 そういえば伝言のメモも書くだけ書いてデスクの上だとレイチェルはあっけらかんとしたものだった。
「中ってお前、鍵かかってるだろうが」
『魔導で入れるんじゃないの』
「そりゃ入れるけど……」
 一応、女の部屋だ。
「入らねえよ」
 冷たい視線を首筋で感じる。
「で、荷物はどうするんだ。部屋の前に置いていっていいのか」
『そこまで来たならエルンストの部屋に置いていってよ。あとで引き取りにいくからさ』
 アリオスは送話口を掌で押さえながら受話器をずらした。
「あんたに預かって欲しいそうだ」
「構いません」
「分かった、そうする」
『それじゃ今日もお疲れ様ー』
「どーも」
 抑揚なく応じて受話器を置いた。
「そんじゃコレよろしく」
 机の端にダンボール箱を乗せる。
「分かりました」
 落ちないようにとエルンストが少し内側に引き入れる。アリオスは戸口でそれを見ながら、後ろ手に扉を閉めた。ドアノブの感触を意識し、意識の内側にもうひとつ同じ感覚を作り上げ、それを支えに飛ぶ。
 思いつく限りの魔導がここでは可能だ。神鳥の宇宙ではさすがに多少は押さえ込まれているものだが。何の枷もないというのは、それはそれで恐ろしいものがある。あるいは、危険なことは思い浮かべもしないよう、内面においてブロックされているのかもしれないが。……それくらいの分別が女王にあってくれたらどんなにいいか。
 考え事をしながらでも魔導は過たず発動する。この力のめぐり。この馴染んだ感覚。
 セレスティアのゲートを潜ると、噴水の縁に腰を下ろしているエンジュが目に飛び込んできた。
「エンジュ――」
 アリオスははっとして雑踏の中に身を隠した。リュミエールが、エンジュの正面で身を屈め、何事か話しかけているところだった。存在を公認された今となっては、隠れる必要はないといえばないのだが。
 エンジュが笑顔で水の守護聖に答えている。切れ切れにその声が届いた。
「……です。今日はお友達と……」
 アリオスはリュミエールが立ち去るのを見際め、気配を殺したまま近づいていった。麦藁色の頭を後ろからぐいと押さえつける。
「誰がお友達だ、誰が」
「あっ、アリオスさん」
 エンジュは軽く弾むような動きで立ち上がった。
「ご無事な姿を見られて嬉しいです」
「人のことより頭ぐしゃぐしゃだぞ」
「誰のせいですか!」
 ゆるく編まれていたみつあみは簡単に崩れてしまった。
 駆けずり回る心積もりのときはきつく編んでいて、余裕があるときにはふわりと仕上げる――代わり映えがしないようでいて彼女なりにお洒落をしているのだとは、アンジェリークに言われるまで気付かなかったことだが。今日はジェットコースターだゴーカートだとはしゃぎまわるつもりはないんだな、とアリオスは見た。
 エンジュはアリオスを軽く睨みつけながら赤いリボンを解いた。くすんだ金色の髪が肩を包む。無造作に斜めがけされたバッグの皮ひもが胸の丸みを強調している。ほんのこどもの癖に。
「ほら、とっとと行くぞ。今日はどうしたいんだ」
 アリオスは目を逸らし、ぶっきらぼうに言った。
「えーと……」
 エンジュは耳の後ろに髪を流しながら顔を上げた。
「そうだ、水族館に行きましょう!」
 アリオスは相手の正気を疑うというように眉間に皺を寄せて聞く。
「リュミエールからの連想か?」
「単純で悪かったですね」
「単純とか複雑とか言う問題じゃねえだろ……」
 それでもアリオスは彼女をそこへ連れて行った。
 青く染まったトンネルの中で、寄ってくる魚たちに飛びついては逃げられているエンジュは、くるくると動き回るさまが踊ってでもいるかのようだった。赤いドレスのマリオネット。
「リュミエール様は水族館がお好きだそうで、この間すっごく詳しく解説してくださったんです。私もだいぶ勉強させて頂きましたから、今日はもうなんでも聞いてくださいね!」
「あっそ」
 アリオスはそっぽを向いたまま短く答えた。
「オスカー様は対照的に大キライで、閉じ込めて管理しちゃうのが嫌なんですって。でもエルンスト様は、清潔な環境できちんと管理してくれるなら、ご自分が魚だったら海よりこっちで暮らしたいかもなんておっしゃってました」
「おい」
 アリオスはおさげをひっぱってくれようかと考えて、今は髪を下ろしているのを思い出した。
「俺たちゃデートに来てるんだろ? よくもそうポンポン他の男の名前が出てくるな」
 かわりに両頬をつねった。予想以上に柔らかくて、力加減を誤ったら千切ってしまうんじゃないかと思える。
 エンジュは憤然として彼の手首を掴んだ。
「私は自分が知ったことをアリオスさんに教えてあげようと思っただけなのに、そんなレオナード様みたいないじわる言われるなんて心外です」
 しょうこりもなく他の男の名前を出しやがる、などと考えていたら文脈を掴み損ねた。
「……は?」
「私に分かったことは何でも教えて差し上げたいです。だって私たち、お友達でないとしても、やっぱりパートナーでしょう? 分け合って助け合っていきたいですよ」
 まっすぐに自分を見ている赤味がかった茶色の瞳。
「あのなあ、お前。水族館に連れてきて喜ぶかどうかなんて知ってどうしろってんだ。意味がねえだろ」
「えーっ、意味ないですか? 私、エイミーやネネとも……女の子同士でもお出かけしますよ。レイチェル様ともお部屋デートはよくして頂きますし」
 アリオスはため息をついた。こいつのデートの定義は、そのうち正しておく必要がある。
「俺は野郎といっしょにこんなところに来たりはしない」
 大体、まわりを見てりゃ分かるだろうが、と低くうなる。
「そうですかー……今度こそ私の方がお役に立てると思ったのになぁ」
 しおれる少女を眺めながら、アリオスは鼻先で笑って格好をつけた。
「工作員なら情報の取捨選択は基本中の基本だぜ」
 がんばります、と衒いのない笑顔を返されて、後に皮肉が続かなくなった。
 そう、この手の女にはかなわないのを知っている。


 アウローラ号からの帰りは森を横切って聖殿に戻り、異常なしを確認してからねぐらに帰るのがアリオスの習慣だった。
 虫除けをかねて煙草を咥える。ポケットにライターを探りながら気配に気付いた。身を潜めている何者かの息づかい。暗闇の中に目を凝らす。1本の指が天を指しているのが見える。
 静かに、の合図か。
 アリオスはしたばえを踏みつけながらゆっくりと近づいていった。
「なんだ、あんたか」
 木陰に片膝をついて身を潜めたヴィクトールは、合図のために晒した右手に赤茶色の革手袋をはめ直すところだった。
「何をやってんだ」
「脱走犯を張っている」
「そういや、今朝方レイチェルが何か言ってたな」
 誰かを捕まえたがっていた。おおかた新入りのチビだろう。
 ヴィクトールは苦笑した。
「ああ、俺が余計なことを教えるから捕まらないのだと苦情を言われてな」
「……何を教えたんだ」
「ごく普通のサバイバルだが」
 普通のサバイバルと普通じゃないサバイバルがあるんだろうか、と疑念の目で元軍人を見る。ガキに教えていいことと悪いことの区別はついていると言いたいのかもしれないが。
「お前、帽子か何か持ってないか」
 ヴィクトールは自身の頭を指差して見せた。隠れているのに銀髪が目立っては困るというわけだ。
「ああ」
 アリオスはひとつ指を鳴らした。目くらましの結界を周囲に張る。
 暗闇に包まれたからには遠慮する必要はない。ポケットからライターを掬い出した。が、カチリと音がたつばかりで火はつかない。
「おい、火、持ってないか」
 ヴィクトールはちらりと彼を見た。
「やめた」
「何でまた」
 アリオスは問いながら、初めはむしろ頑健な身体を保つことに拘るこの男が、喫煙すること自体を意外に思っていたのを思い出した。
「何となくだ」
「ふーん……苦労したか?」
「そうでもなかったが」
 ヴィクトールは視線を左上に彷徨わせた。
「今でも夢に見る。まるでそれ抜きの自分を考えられないとでもいうようにな。夢の中で、全然必要ないのに煙草を咥えてるんだ。で、目を覚まして妙な気分になる」
「吸いたくなるって正直に言えよ」
 ヴィクトールは軽く笑って聞き流した。
「ないか、そういうこと」
「夢にねぇ……」
 アリオスは魔導に頼って火をつけた。このごろでは眠りはそれ自体が嗜好の対象だ。もしも魔導を失ったらそんな風に夢に出てくるのかもしれないが、生まれ故郷においてきた飲み食いの対象も、煙も薬物もすっかり忘れてしまった。
 木の枝を弾くような物音が立った。
 目の前をまだ薄い肩が駆け抜けていく。ヴィクトールが飛び出し、無言で手を伸ばした。背後から口を押さえ、それを引き剥がそうと上げられた少年の両手をもう一方の手で束ねる。
「……っぷ。いきなり何するんだ!」
 活きのいい獲物は手袋に齧りつきかねない勢いで暴れていた。
「ああ、すまん。お前は今、指名手配犯なんだ。俺も自分の任務は果たさねばならんのでな」
 背後で腕を拘束しながらヴィクトールがいなす。苦情が出ないところを見るとだいぶ緩く掴んでいるようだった。
「オレは何も悪いことはしてないぞ」
 ユーイが胸を張って言い切った。
「仕事をサボるのは悪いことに入るんじゃねえのか」
 アリオスは横から混ぜっ返した。
「サボってない!」
「まあ、呼び出されたら顔は出しておけ。大事な用があるのかもしれないしな」
「今から連行するのか?」
 結局サボってるんじゃないのか?と内心思いつつアリオスは聞いた。
 ヴィクトールは左手の袖を脇腹で捲くりあげ、腕時計を見た。
「陛下やレイチェルを煩わせるには時間が遅いな。お前は宮殿に戻るのか」
「ああ」
「伝言を頼む。捕まえた、話は明日にしたいと」
「わかった」
 アリオスは片手を上げて背を向けた。
 背後では今夜の処遇について取引の声が騒がしい。
 離れていきながら、また聞き損ねたな、と思う。
 俺は裏切者で侵略犯だった。何だって何もなかったように振舞うのか、聞き損ねっぱなしだ。

 レイチェルの部屋は明かりもなく閉ざされていた。
 アリオスは宮殿の奥へと足を転じた。警備は全て、彼の能力でクリアできる程度のものでしかない。そうと告げてもまったく改善がなされないのは、ある種の意思表示だと看做さざるを得まい。ノックと同時にドアを引く。
「おい、アンジェリーク」
 アンジェリークは、書見台に座っていた。傍らに赤毛の男が立っていて、凍りついたような表情で彼を振り返った。薄く開いた唇から滑り出る言葉が「なんでこいつがここに」なら、そりゃ俺の方が聞かせてもらいたい。しかし今日は見えない振りは出来ねェんだな、と揶揄するように考えたところでアリオスは驚愕から醒めた。
「ヴィクトールから伝言だ。捕まえた、話は明日にしたい。意味が分かんなきゃレイチェルに聞け」
 アンジェリークは小さく首をかしげた。
「あら、ユーイね。よかったわ」
 ティアラでとめられたベールが頭の後ろで揺れた。公式謁見の格式は保たれている――少なくとも服装の上では。
「ありがとう、アリオス」
 茶でも勧められては堪らないと思ったのだろう男がつかつかと戸口に近づいてきた。
「遅くまでご苦労だったな」
 鷹揚に――くそ偉そうに言いながら半ばまでドアを閉め、その影に入って女王の視野を脱する。
「返事も待たずに開けるものじゃない。……行儀の悪い番犬だ」
 オスカーは声を潜めていった。
「鼻さえ利きゃ有難がって貰えるんでね」
 アリオスは嗤ってみせた。
「この時間にうちの女王の部屋にいるのも行儀がいいとは言えねえな。俺の目が光ってるのを忘れるなよ」
 人差し指を鼻先に突きつける。オスカーは思いっきり嫌そうな顔になった。そうすると歳相応の若造のように見える。
「その言葉は、熨しをつけて返すとしよう」
 少々強引にドアを閉められた。
 アリオスは衛兵とメイドが規定どおり待機しているのを確認し、今夜の寝床に続きの間をせしめることにした。あの男がきちんと帰るかどうか、見張らねばならない。まるで誰かに言い訳するように、心の中で呟く。――無論これは番犬の責務だからして、俺には後ろ暗いところはまったくない、はずだ。


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