かばったほうが良いだろうか、とちらと考える。
手助けするたび俺を見くびるなといきり立ったのは最初のうちだけで、慣れてみればオスカーは、信頼する仲間と助け合う、というシチュエーションが大好きだった。
荒い息をしている青年を横目で確認する。
今更叱られはしないだろうが、手を出すとペースを崩してしまうかもしれない。オスカーはいつもの余裕を失っている。
だが……。
同じことを考えるのは何度目だ、とヴィクトールは自問した。
幾度目とも知れなかった。
――よし、行こう。
柄を強く握りなおす。
踏み込むタイミングを計る。
ふいに明るい声が響いた。
「さすがのオスカー様もお疲れ気味やな。ここは俺に任せて、後ろで休んどき」
オスカーは割り込んできた背中を目を瞠いて見た。
「すまない…」
ひとつ息をついて笑みを浮かべた。
「ありがたく休ませてもらおう。だが、やられるんじゃないぜ。俺の仕事が増えるからな」
剣先を中段まで下げ、軽口を叩く。
信用してえな、とチャーリーが顔は笑ったまま拗ねた声をつくる。
ヴィクトールは彼らを一瞥して前に向き直った。
攻撃に専念できるなら結構じゃないか。
面白くないなんておかしな話だ。
自分が力になりたいなどと考え、自分だけを頼りにして欲しいなどと願うのは、浅ましいことだ。
モンスターの巣窟になった森を抜け出したのは夕暮れも間近な頃だった。街道の水場に馬をつないで休憩を取ることになった。
座り込んで石壁に寄りかかっているオスカーにヴィクトールは近付いた。
「糖分を取るとだいぶ違いますよ」
言いつつポケットを探った。何のことかと無言で顔を挙げた青年に、飴玉を何粒か差し出す。
オスカーは顔を引きつらせた。
「疲れてらっしゃるようなので……甘いものは苦手でしたか?」
「ああ…。いや、悪いな。もらおう」
オスカーは少し笑って、渋面の訳を明かした。
「あんたも甘党じゃないだろう。だからそういうのは、お子様たちをあやすために持っているのかと思っていた。俺までガキ扱いされてるみたいで恥ずかしいじゃないか」
「はは、何だ、そんなことですか」
オスカーは手を伸ばしてキャンディを受け取った。その手首に赤く鬱血の跡があった。
ヴィクトールは目を伏せた。
坑道の中で見つけたとき、オスカーは堅く拘束されていた。
何度か脱走を試みた挙句のことだ。
最後はいい線までいったんだがな、とオスカーは口元をゆがめ、情けないところをみられちまったな、と頭を振った。
ほんと無茶するよね、とセイランが微笑した。大人しくしれてば何もされなかったんだろ、あなたって馬鹿じゃないの。皮肉と安堵のアンビバレンツが唇を引っ張っていた。
あいつらは何かの時が来るまで俺を殺せないらしいんだ、とオスカーは腕を回して筋肉をほぐしながら答えた。命までは取られないと分っていれば、いつものゲームだ。
それで足元がふらつくほど痛めつけられていれば世話はない。
虚勢だ、と思った。
ヴィクトールは黙然として肩を貸した。
オスカーが少し遠慮したようにもたれかかった。その重みに胸が詰まった。
虚勢だと思った。打ちのめされているように見えた。
そのときに、初めて庇護欲を感じた。
冒すべからざる異能の半神だった。
自恃強く倨傲な人だと思っていた。
守って差し上げたいなどとは、狂気の言葉だ。
だが一度生まれた感情を押し殺すのは難しい。
オスカーが飴を口に放り込む。かつかつと軽く歯を立てる音が聞こえてくる。
やっぱり噛み砕くんだな、と印象が当たっただけでにやけてきそうで、ヴィクトールは顔を背けた。
「あまり遅くならない方がいいな」
オスカーが立ち上がった。
「そろそろ行くか」
語尾に微かな溜息が混じった。
背丈は1インチだけオスカーの方が高い。息遣いのよく聞き取れる位置だ。 湿った坑道の中にいる間も、ずっと押し殺された呼吸を感じていたのを思い出した。
ようやく外へ出たオスカーが、目を光に慣らすように瞬くのを間近で見ていた。
透徹した蒼い瞳が、背後に口をあけている暗い穴を振り返った。
「最後に勝つのは俺たちだ」
肩に回されていた腕がすっと外される。
ヴィクトールの目はそれを追った。惜しむように追いかけた。
胸に点された感情の名を、知りたいなどとは今でも思わない。