備忘録

緑のインク

 期待したわけではなかった。欠片ほども。
 欄外なり文末なりにほんの一言でも私信があるのではないかとか。
 相手はくそまじめな軍人で、報告書はここへたどりつくまでに幾人もの手を経るのだからして、そんなことは期待するだけ虚しい。
 窓辺に寄ってさえ陽の光は薄くなりはじめていた。オスカーはカーテンを引いて灯りをつけた。
 机に戻ったところで、気を取り直してレポートをひろげる。
 サインを含むほんの数行ばかりが手書きになっていた。彼はその筆跡の中に違和感を覚え、紙片を取り上げた。間近に睨んだ後で、ためすがめつライトに翳した。夕暮れの薄明かりの中で、また当然のこととして黒だと思っていたインクは、そうして見てようやく分かるくらい深い緑色をしていた。
 口元に笑みが立ちのぼった。
 思いが届くおまじないだと、緑の文字で綴られたラブレターをもらったことなら数え切れないほどある。
 あの男は、任務において不精ができるような性格ではないのだ。
 常用のインクが切れて手近で間に合わせたなどということは、よもやあるまいと思われた。


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