女王試験
「よかった〜、ロザリアだったんだ!」
自室のドアを開けたところで、アンジェリークはふにゃりと笑み崩れた。ロザリアはちいさく咳払いをした。
「おはよう、アンジェリーク」
そうしながら好敵手に視線を走らせる。ブラウスの襟やベスト、リボンタイの具合、スカートのプリーツ。
アンジェリークは以前は、不具合を指摘されはしないかと居心地悪くもじもじしていた。その内、ロザリアはわたしの風紀委員さんなのよねとからかうようになった。
「あっ、わたしリボン曲がってない? 陛下に見られてもおかしくないよね?」
すでに検分されるのに慣れたアンジェリークは、くるりと半回転して見せた。ロザリアは怪訝に首を傾げる。
「……陛下のお目にかかるわけにはいかないと思うわ。定例審査は来週よ?」
「えっ!」
エメラルドグリーンの瞳が大きく見開かれる。
ロザリアはため息をついた。この子の頭の中では、わたくしが朝やってくる、イコール、定例審査なのよね。
「あんまり遅いから様子を見に来ただけよ。もう、それくらい把握していなくては駄目じゃないの」
「だって、やだ、驚かせないでよ〜! 土の曜日だって言うのに、守護聖様のお誘いだったらどうしようかと焦って損しちゃったわ」
「…………」
「あれ、ロザリア?」
呼びかけられて、彼女は今目が覚めたかのように首を振った。
「視察は平日でも出来るわ。約束はありませんでしたけれど、今日はわたくしとお出かけしませんこと、アンジェリーク?」
アンジェリークは一歩あとずさった。口元にひきつった笑みが貼りついている。
「ロザリア……どうしちゃったの?」
青い瞳の女王候補は、敢えてその差を詰めずに微笑む。
「妬かせるようなことを言ったのはあなたでしてよ?」
(2009.10.11)
リモ陛下→補佐官
「もう遅いわよ。お休みになったら?」
「ううん、もうちょっとだけ」
アンジェリークは柔らかな黄金にかがられた頭を左右に振った。
「ロザリアが女王様になった方が上手くやれたのに、なんて、皆に言われないよう頑張らなくちゃ」
そんなのは悔しすぎる。自分のためにも親友のためにも。
補佐官は小さく優雅に溜息をついた。
「何馬鹿なこと仰ってるの」
アンジェリークはその声音にはっとして美しい親友を見上げた。
だって、行儀作法もドレスさばきも、私を指導するくらい上手いのに。だって、式典の段取りも宇宙生成理論も帝王学も、私に教えられるくらい詳しいのに。
私が王座に上ったそれだけで、この憧れは否定されてしまうものなの?
言葉は胸に詰まって出て来ない。
「見えない敵と戦うのはおやめなさいね。あなたはすべてを慈愛でつつむ女王なのでしょう」
微笑みかけられて項垂れた。
ああ、やっぱり貴女にはかなわない。一足先に大人になってしまったのね。
そんなの当然でしょって、高笑いしてもくれないなんて。
「わたくしとても真似できないと思うわ。世の中本当に腹の立つ男性が多くって」
歌うように呟きながらロザリアの手は机上の書類を重ね、片付けようとしている。最後にガラスのペーパーウェイトを乗せたところで彼女はふと動きを止めた。アンジェリークは親友を見た。ロザリアは小首をかしげ、
「もしもわたくしが女王になったら、人類が単性生殖できるように頑張ったと思うの。……ねぇ、陛下」
どうかしら、なんて、お嬢様スマイルで勧めないで。
ああ、やっぱり貴女にはかなわない。……なにその突き抜け具合。
(2009.08.10)
女王試験
「ねえ、フェリシアってどういう意味?」
ロザリアは振り返ってちょっと眉をつり上げた。
最初に聞いたときもそうだった、とアンジェリークは思う。まあ、そんなこともご存じないのかしら、って感じね。敵意と軽蔑と驚きに目を輝かせているロザリアは可愛い。気位の高い猫みたい。
言い返される前に追いつき、言葉を継いだ。
「フェリシテから来てるんでしょう?」
最初の2週間くらいは気になってたけど、何といっても他にも考えることはたくさんあるので、そのうちうやむやになった。忘れたつもりでいた頃、雑誌の広告で見かけた香水が、よく似た響きを持っていた。
「何だか嬉しいな、ロザリアも私と同じ発想をしてたなんて」
肩を並べて歩きながら、にこにこと隣を見やる。
「同じではなくてよ」
ロザリアは唇を尖らせるのを我慢しているような顔つきだ。
「あなたは幸福、わたくしは至福――わたくし、あなたよりも高いところを志していますの」
言い募る間にうっとりと心地よさそうな表情になった。ひとりで気持ちよくなっちゃうのはずるいし、卑猥な感じがするなぁ、とアンジェリークは思う。ロザリアってこういうとこあぶないよね。ここは冷水をかけておくべき?
「そう? 私は普通の幸せも好きよ。アイスクリームとかチョコレートとか、ちょっとしたお買い物とか。ロザリアのフェリシアではもうアイスクリームは発明されてる?」
「……あんたってよく分からないわ」
(2009.06.02)
リモージュ女王設定、エトワール
実際に女王の手にキスをして良いのは、本当に心許された相手だけだ。
凡百の面会者に、その権利はない。
指一本触れさせるのももったいない。
随分うるさく言ったから、ルールは覚えたのかと思っていた。
「エンジュにはそれを許すのね」
「あら、いいじゃない。相手は女の子だもの」
女王は両手を組んだ上に小さな顔を乗せた。
「女の子だから警戒していないだけよ。貴方にだって断ったりしないわ」
ロザリアはゆっくりと柳眉を立てた。
「この私に、膝まづいて恭順のキスをせよですって? そういうことは、ひとの手を煩わせない一人前の女王様になってからおっしゃいな」
冷たく言い放ってやる。女王は泣き笑いの顔で机に懐いた。
「あーん、がんばってるのよ、これでも」
ロザリアは彼女が姿勢を崩したせいでずれた王冠を直し、そのついでのようにふわふわの金髪をなでた。
「知ってるわよ」
(2009.04.08)
ロザリア女王設定、SP2あたり
「つまりね、世界とサクリアの調和ってまさにこんな感じだと思うのよ。ふわっふわの、だけどすこし乾いた食感のスポンジに、しっとりした生クリームの完璧な組み合わせ。それで、女王陛下は甘酸っぱいイチゴみたいなものよ」
「……あなた、私の大切な女王候補にいい加減なことを教えるのはおよしなさいね」
「あっ、陛下!」
(2009.01.13)