Aim high

「ま、今はこれだけ出来りゃ上等だが――」
 言いかけたオスカーが、褒められた喜びを露わにした新入りの表情を認めて、言葉を切った。
「満足するなよ」
 笑いながら明るい茶色のくせっ毛に掌をかけた。
「何だって、心構えはエイムハイと同じだぜ」
「はい?」
 ランディは疑問の声を上げて先輩守護聖を見上げた。
「弓をやるんだろう? 知らないか?」
 オスカーは意外そうに少年を見下ろした。ランディはふるふると首を横に振った。色味の違う青い瞳がぶつかって、そこに、何かがはぜた。



「……ていうゲームを、昔、教えてくれましたよね」
 ランディは夜の森をうつす窓を眺めやり、その脇のチェストに自分が置いた弓矢を見、オスカーを振り返って、ごく何気なく話を始めた。
 高く、高く、出来るだけ高くを目指す。
 梢の一番上の枝を狙って、射る。
 単純だがどこまでも極めることの出来る遊戯だ。
 的を相手の流儀で学んだランディはその時まで知らなかった。
「そんなことがあったかな」
 オスカーはソファで雑誌を捲りながら、気のない返事を返した。薄いシャツ一枚ごしに、引き締まった身体の輪郭が見て取れる。肘掛に背中で凭れかかって悠々と足を伸ばしたさまが、豹か何かのような迫力で目にせまる。
 酒を飲めるようになって、夜の訪問を許されるようになって、自分が憧れと呼んでいたものが本当は何だったか分かった。胸元のボタンを2つ3つ外されただけでもう苦しい。香り立つような色気に、噎せてしまいそうだ。
「オスカー様、俺はすごく真剣に話を聞いてたのに、ひどいですよ!」
 ランディはふくれてみせた。
 そのゲームのように、何についても常に上を見て自分を研鑽しろと、言われて頷いたたころには素直な後輩だったと我ながら思う。
 上手いじゃないか、基礎が出来ているなら弓はひとりでも鍛錬できるだろうと、じきに付き合ってくれなくなったのを照れ笑いで受け入れた。もう1年も後だったら、俺を相手に負けが込むのが怖いんですかと絡んだところだったが。
 男は抗議の声も笑い流している。低くこもった笑い声が脳髄を灼くように甘く響く。その振動につれて上下する胸元もまぶしい。
「……だから俺、高望みだって理由で諦めるなんてことはできません」
 ランディはそっとグラスを置いた。勢いよく席を立って、オスカーに詰め寄った。
「オスカー様、俺と付き合ってください!」
「……は? 何だって」
 オスカーは片肘を支点に上体を起こした。
「オスカー様が好きです」
 ランディはその体躯を押し返すように触れ、声を搾り出した。
 オスカーはずれてしまった伊達眼鏡を、片手で引っ掛けるようにして外した。
「………………それは、高いというより、方向性を間違ってるんだと思うが」
「往生際が悪いですよ」
「お前、いつからそんなに可愛くなくなった!」


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